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吾輩は猫である_十一 - 6

夏目漱石
日语读物
总共148章(已完结

吾輩は猫である 精彩片段:

十一 - 6

「向上の一路はヴァイオリンなどで開ける者ではない。そんな遊戯三昧(ゆうぎざんまい)で宇宙の真理が知れては大変だ。這裡(しゃり)の消息を知ろうと思えばやはり懸崖(けんがい)に手を撒(さっ)して、絶後(ぜつご)に再び蘇(よみが)える底(てい)の気魄(きはく)がなければ駄目だ」と独仙君はもったい振って、東風君に訓戒じみた説教をしたのはよかったが、東風君は禅宗のぜの字も知らない男だから頓(とん)と感心したようすもなく

「へえ、そうかも知れませんが、やはり芸術は人間の渇仰(かつごう)の極致を表わしたものだと思いますから、どうしてもこれを捨てる訳には参りません」

「捨てる訳に行かなければ、お望み通り僕のヴァイオリン談をして聞かせる事にしよう、で今話す通りの次第だから僕もヴァイオリンの稽古をはじめるまでには大分(だいぶ)苦心をしたよ。第一買うのに困りましたよ先生」

「そうだろう麻裏草履(あさうらぞうり)がない土地にヴァイオリンがあるはずがない」

「いえ、ある事はあるんです。金も前から用意して溜めたから差支(さしつか)えないのですが、どうも買えないのです」

「なぜ?」

「狭い土地だから、買っておればすぐ見つかります。見つかれば、すぐ生意気だと云うので制裁を加えられます」

「天才は昔から迫害を加えられるものだからね」と東風君は大(おおい)に同情を表した。

「また天才か、どうか天才呼ばわりだけは御免蒙(ごめんこうむ)りたいね。それでね毎日散歩をしてヴァイオリンのある店先を通るたびにあれが買えたら好かろう、あれを手に抱(かか)えた心持ちはどんなだろう、ああ欲しい、ああ欲しいと思わない日は一日(いちんち)もなかったのです」

「もっともだ」と評したのは迷亭で、「妙に凝(こ)ったものだね」と解(げ)しかねたのが主人で、「やはり君、天才だよ」と敬服したのは東風君である。ただ独仙君ばかりは超然として髯(ひげ)を撚(ねん)している。

「そんな所にどうしてヴァイオリンがあるかが第一ご不審かも知れないですが、これは考えて見ると当り前の事です。なぜと云うとこの地方でも女学校があって、女学校の生徒は課業として毎日ヴァイオリンを稽古しなければならないのですから、あるはずです。無論いいのはありません。ただヴァイオリンと云う名が辛(かろ)うじてつくくらいのものであります。だから店でもあまり重きをおいていないので、二三梃いっしょに店頭へ吊(つ)るしておくのです。それがね、時々散歩をして前を通るときに風が吹きつけたり、小僧の手が障(さわ)ったりして、そら音(ね)を出す事があります。その音(ね)を聞くと急に心臓が破裂しそうな心持で、いても立ってもいられなくなるんです」

「危険だね。水癲癇(みずてんかん)、人癲癇(ひとでんかん)と癲癇にもいろいろ種類があるが君のはウェルテルだけあって、ヴァイオリン癲癇だ」と迷亭君が冷やかすと、

「いやそのくらい感覚が鋭敏でなければ真の芸術家にはなれないですよ。どうしても天才肌だ」と東風君はいよいよ感心する。

「ええ実際癲癇(てんかん)かも知れませんが、しかしあの音色(ねいろ)だけは奇体ですよ。その後(ご)今日(こんにち)まで随分ひきましたがあのくらい美しい音(ね)が出た事がありません。そうさ何と形容していいでしょう。とうてい言いあらわせないです」

作品简介:

夏目漱石《我是猫》日文原版。

1867(慶応3年)、江戶牛込馬場下(現在新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、「吾輩は猫である」を発表し大評判となる。翌年には「坊っちゃん」「草枕」など次々と話題作を発表。’07年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

作者:夏目漱石

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