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吾輩は猫である_十 - 20

夏目漱石
日语读物
总共148章(已完结

吾輩は猫である 精彩片段:

十 - 20

「なに金田だって構やしません、大丈夫です」

「それならそれでいいとして、当人があとになって、急に良心に責められて、恐ろしくなったものだから、大(おおい)に恐縮して僕のうちへ相談に来たんだ」

「へえ、それであんなに悄々(しおしお)としているんですか、気の小さい子と見えますね。先生何とか云っておやんなすったんでしょう」

「本人は退校になるでしょうかって、それを一番心配しているのさ」

「何で退校になるんです」

「そんな悪るい、不道徳な事をしたから」

「何、不道徳と云うほどでもありませんやね。構やしません。金田じゃ名誉に思ってきっと吹聴(ふいちょう)していますよ」

「まさか」

「とにかく可愛想(かわいそう)ですよ。そんな事をするのがわるいとしても、あんなに心配させちゃ、若い男を一人殺してしまいますよ。ありゃ頭は大きいが人相はそんなにわるくありません。鼻なんかぴくぴくさせて可愛いです」

「君も大分(だいぶ)迷亭見たように呑気(のんき)な事を云うね」

「何、これが時代思潮です、先生はあまり昔(むか)し風(ふう)だから、何でもむずかしく解釈なさるんです」

「しかし愚(ぐ)じゃないか、知りもしないところへ、いたずらに艶書(えんしょ)を送るなんて、まるで常識をかいてるじゃないか」

「いたずらは、たいがい常識をかいていまさあ。救っておやんなさい。功徳(くどく)になりますよ。あの容子(ようす)じゃ華厳(けごん)の滝へ出掛けますよ」

「そうだな」

作品简介:

夏目漱石《我是猫》日文原版。

1867(慶応3年)、江戶牛込馬場下(現在新宿区喜久井町)に生れる。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、「吾輩は猫である」を発表し大評判となる。翌年には「坊っちゃん」「草枕」など次々と話題作を発表。’07年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

作者:夏目漱石

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